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大阪高等裁判所 平成4年(ネ)878号 判決

控訴人 石井和子 ほか一二七名

被控訴人 国

代理人 山口芳子 山本聖峰 ほか三名

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一当事者の申立

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人らに対し、本判決添付別紙請求債権目録の請求金額欄記載の各金員及びこれに対する平成元年一〇月二七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二事案の概要と当事者の主張

以下に訂正、付加するほかは、原判決の事実及び理由中の「第二 事案の概要」のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決の訂正

1  原判決一枚目裏一〇行目の「証券」を「證券」と改める。

2  同四枚目表四行目の「甲事件原告」から九行目の「購入金額欄記載の」までを「控訴人らは、それぞれ、本判決添付別紙請求債権目録の購入年月日欄記載の日に、原券番号欄記載の本件各抵当証券につき、購入金額欄記載の金額分の権利を、右金額の」と改める。

3  同五枚目裏四行目の「原告石井和子」から六行目の「請求欄」までを「本判決添付別紙請求債権目録の請求金額欄」と改める。

二  控訴人らの主張

1  登記官の審査権限について

(一) 権利の登記に関する登記官の審査権限について、従来から形式的審査主義と言われてきたのは、正確には、登記官吏の審査の対象が実体法上の権利関係の効力に及ばないという趣旨ではなく、その審査の対象は実質的審査主義によるが、その審査の方法がいわゆる書面点検方法でしかできないという意味で形式的審査主義によるということにほかならず、むしろ窓口的審査主義と呼ぶのが妥当である。

したがって、審査の方法・資料に関しては「窓口的審査権」と「裁判的審査権」が対立し、審査の対象・内容に関しては「形式的審査権」と「実質的審査権」が対立することになり、この用語に従えば、権利の登記に関する登記官の審査権限は、審査の方法・資料に関しては「窓口的審査権」で、審査の対象・内容に関しては「実質的審査権」である。

(二) 抵当証券に関して、抵当証券法六条の異議申立制度が設けられ、それと連動する形で同法一〇条の公信力が付与されているのは、抵当証券が有価証券で、転々流通されることが予定されているため、抵当証券取引の安全性を確保する必要があるからである。

そして、その抵当証券の信用の基礎は、抵当権の目的物が被担保債権を担保するに十分であるか否かにかかるものであるが、抵当証券が有因の有価証券で、制限的ではあるが公信力を有し、しかも、これを発行するのが被控訴人(登記所)であることからすれば、抵当証券の信用の基礎の有無の判断は、被控訴人(登記官)がなすべきものである。

抵当証券交付申請の却下に関する抵当証券法五条一項は、登記申請の却下に関する不動産登記法四九条と同趣旨の規定であるが、抵当証券の性質及び発行業務の主体は、不動産登記とは全く異質のものであるから、同じように解釈する必要はない。

このように、抵当証券の信用の基礎、すなわち、抵当権の目的物が被担保債権を担保するに十分であるか否かの判断の責任が被控訴人(登記官)にあるとすれば、抵当証券交付申請の審査について、審査の方法・資料に関しては「裁判的審査」であり、審査の対象・内容に関しては「実質的審査」であるというべきである。後述の抵当証券鑑定委員会の意見申述制度なども、審査の方法・資料に関しての審査が裁判的審査であることを裏付けるものである。

(三) 仮に、抵当証券の信用の基礎、すなわち、抵当権の目的物が被担保債権を担保するに十分であるか否かの判断の責任が、被控訴人ではなく、抵当権者にあるとしても、鑑定評価書の内容は、評価推論を含むものであるから、登記官がその審査をするにあたっては、内容の相当性の判断もなされることになるが、その内容の相当性の判断については、抵当証券制度の公正、抵当証券取引の安全という観点から、登記官に相当高度の注意義務が課せられるべきである。

細則二一条ノ二は「抵当権ガ債権ノ全部ノ弁済ヲ担保スルニ足ルコトヲ証スル書面」と規定しているから、登記官は、抵当権が債権の全部の弁済を担保するに足るかどうかを審査しなければならず、そのためには、登記官は、右細則が予定する担保の十分性を証する書面を読みこなす能力はもちろん、右審査のために目的物を適性に評価できる能力や調査が必要であり、目的物の適性な評価をするには、近傍類似の土地価格、公示価格、路線価、固定資産評価額を知り、不動産鑑定評価に使われた資料や、評価の過程及び手法を検証できなければならない。

昭和五二年一月二八日法務局民事局長通達により、細則二一条ノ二に副う書面には、原則として、不動産鑑定士の作成した鑑定評価書を添付する取扱になったが、単なる鑑定結果ではなく、鑑定評価書の添付が必要とされたのは、登記官が鑑定評価書の内容を検証することが重要であることを意味するものであり、被控訴人としては、登記官に、鑑定評価書の読み方やその検証の仕方について研修を行い、現在の抵当証券鑑定委員会の意見申述制度程度の審査ができるように整備すべきであった。

したがって、登記官が、担保の十分性を証する書面としての鑑定評価書の審査をするにあたっては、審査の方法・資料に関しては「裁判的審査」であり、審査の対象・内容に関しては「実質的審査」であるというべきである。

(四) 仮に、抵当証券交付申請の審査が、その方法・資料に関しては「窓口的審査」であるとしても、その対象・内容に関しては「実質的審査」であり、流通が予定された抵当証券の場合は、権利の登記の場合と比べて、抵当証券制度の公正、抵当証券取引の安全が強く要請されるので、その実質的審査の中身は、権利の登記の場合に比べて濃くなければならず、抵当証券交付申請の審査においては、登記官は、鑑定評価書の評価額が、固定資産評価額や公示価格と比較して高額になっている場合など、疑問を少しでも感じたならば、申請者に詳しい説明を求めるなどして、実質的審査を遂げるべきであり、最小限、後述の抵当証券鑑定委員会の意見申述制度程度の審査をする必要がある。

(五) 本件の後に創設された社団法人日本不動産鑑定協会の抵当証券鑑定委員会の意見申述制度では、同委員会に設置される審査委員会は、当局の求意見に基づいて審査を行うために、書面審査のみに限られず、特に必要があるときは、抵当不動産の鑑定評価を行った者から事情を聴取し、或は、資料の提出を求めることができるものとされており(抵当証券鑑定委員会規程一七条三項)、また、審査の内容も、鑑定評価書の鑑定評価額の適否に関する意見を述べるとき(同規程運営要領五条一項)と、鑑定評価の条件や手順について審査する時(同規程運営要領五条二項)とがあり、その権限、手続、内容等のすべての面から見て、右意見申述制度の審査は、簡易鑑定といってもよいものであり、審査の方法・資料、及び、内容・対象の、いずれの点でも、実質的審査を行っているものである。

そして、右意見申述制度の審査は、登記官が、抵当証券鑑定委員会に委託して行うものであるところ、登記官が、自らの権限以上のものを外部団体に委託することができる筈はないから、右意見申述制度の審査が実質的審査である以上、これを委託する登記官にも、当然実質的審査権があるものといわなければならない。

(六) 本件においては、以下の事実からも、登記官に実質的審査権があることが裏付けられる。

(1) 登記官による野納鑑定士の呼出調査

本件抵当証券交付申請の審査にあたり、太田登記官が、野納鑑定士を呼び出して、鑑定内容について事情を聴取しているが、これは、審査の方法・資料の点で、同登記官が、提出された書面以外に、関係者の呼出しという方法をとっているものであって、窓口的審査の範囲を超え、裁判的審査を行っていることになるうえ、また、同登記官は、野納鑑定士から、近くの公示価格の地点(公示地岡山55)が大きな道路に面しているかどうか、鑑定評価書の取引事例の土地と右公示価格の土地との位置関係等の事実を聴取しているから、審査の対象・内容の点でも、実質的審査に及んでいる。

(2) 登記官による固定資産評価通知書の閲覧

各法務局には、登録免許税課税のための資料として、各市町村から管内のすべての土地についての固定資産評価通知書が送付され、庁内に備え付けられており、本件抵当証券交付申請の審査にあたり、太田登記官は、鑑定評価書の鑑定評価の妥当性を検証するために、右固定資産評価通知書を閲覧しているが、これは、申請人の提出した資料でない点で、審査の方法・資料に関して裁判的審査であるうえ、その対象・内容の点でも実質的審査である。

2  本件における登記官の過失について

(一) 登記官の審査義務違反を国家賠償法一条の過失と評価するについては、審査義務を、単に登記官の職務規律上の義務としてではなく、登記制度の公正、ひいてはこれを信頼して行われる取引の安全に向けられた注意義務としての観点がなければならない。

そして、抵当証券には、制限的ではあるが公信力があるから(抵当証券法一〇条)、取引の相手方が、抵当証券の債権額についても、これを真正なものと信ずるのが当然であり、このことは、本件のようにモーゲージ証書形式で販売された抵当証券を購入した者についても何ら変わりはない。

したがって、抵当証券制度の公正、ひいていはこれを信頼して行われる取引の安全といった見地から、登記官の過失の有無を検討すべきであり、単に本件抵当証券発行当時の職務規律や研修制度の有無の関係からのみ判断すべきではない。

(二) 本件においては、太田登記官は、三〇一〇番及び三〇〇九番の土地の鑑定評価書の審査にあたり、固定資産評価通知書を参照したところ、右各土地の鑑定評価額の一平方メートル当たり六万八〇二五円が、固定資産評価額の一平方メートル当たり四〇三六円に比較して、高過ぎるのではないかとの現実的、具体的な疑問を抱いた。

(三) 不動産の権利の登記の申請に関する形式的審査においても、登記申請に疑義のある特別の事情が判明した場合には、そのような特別の事情がない場合以上に、注意義務が加重され、登記官は、その登記申請についての審査をより慎重にし、不真正な書類に基づく登記申請を却下すべき注意義務があるから(大阪高等裁判所昭和五七年八月三一日判決・判例時報一〇六四号六三頁参照)、権利の登記の申請と異なり、登記官に裁判的、実質的審査権が認められるべき抵当証券の交付申請の場合においては、登記官が、担保の十分性を証する書面として添付された鑑定評価書の鑑定評価額に現実的、具体的な疑問を抱いた場合には、登記官の注意義務は当然加重され、登記官は、その鑑定評価書の内容に疑いを抱き、かつ、その疑いが晴れるまで徹底的に調査して、審査すべき義務がある。

なお、抵当証券の交付申請の場合は、細則二一条ノ二により担保の十分性を証する書面を添付しなければならず、その適格性のない書面が添付されていた場合は、「必要ナル書面ヲ提出セザルトキ」に該当し、抵当証券法五条一項六号により、申請が却下されることになるのであるから、申請人は、抵当証券の対象物件が債権の全部の弁済を担保するに足りる価値を有することを立証すべき責任を負うものであって、もし、その立証がなされない場合には、登記官は、その申請を認めてはならないものである。したがって、鑑定評価額に疑義が残る以上、登記官としては、右のように徹底的に調査すべき義務があるとともに、調査してもなお疑義が残る場合、或は、登記官の調査の能力をはるかに超える場合には、申請人においてその疑義を晴らすに十分な立証をしない限り、担保の十分性が明らかでないものとして、申請を却下すべきである。

(四) 本件において、前記のとおり、太田登記官は、担保の十分性を証する書面として添付された鑑定評価書の鑑定評価額に疑問を抱いたのに、結局、上司である石岡登記官の指示により、特段の調査をせず、石岡登記官も、鑑定評価書の鑑定評価額を見ただけで、それ以上その鑑定評価書の内容を見ないまま、いわば盲判をついてしまったものである。

このような、右登記官らの、審査の名にも値しない任務の放棄は、形式的審査権の内容を「少なくとも提出された書面だけを読んでチェックすること」であるとしても、その審査を怠っていることは明らかであり、違法な審査というべきである。

その結果、登記官であれば容易に調査できる昭和六〇年版「岡山県の土地価格」のような資料を見れば、鑑定評価書に引用されている公示地岡山55の公示価格(一平方メートル当たり三万三〇〇〇円)以外の、比較的近隣の岡山県標準地3―1が一平方メートル当たり一万一七〇〇円であり、これとの比較においても、鑑定評価額一平方メートル六万八〇〇〇円がいかに高額に過ぎ、不当であるかが明瞭になったのに、これを看過したものである。

(五) このように、右両登記官は、本件鑑定評価書の過誤の疑いが現実に生じているのに、鑑定評価書の内容の正当性の検証を全くせず、右鑑定評価書の種々の違法を看過し、担保の十分性が十分に立証されていないことが明白であるのに、申請を却下しなかったものである。その結果、担保価値の伴わない水増しの抵当証券が発行され、控訴人らのような多数の被害が発生し、担当証券制度の公正並びにこれを信頼して行われる取引の安全を著しく害したものであって、右両登記官に過失があることは明らかである。

3  被控訴人の消費者被害防止義務違反の責任

(一) 現行法上、左の点を総合的に見て、被控訴人に、消費者被害防止についての注意義務が発生すべきものである。

(1) 被控訴人は、現実に発生しつつある消費者被害を防止する責務がある。

(2) 抵当証券の発行は、被控訴人が、被害発生に直接かかわるような権限である。

すなわち、抵当証券による本件のような被害は、豊田商事事件のように、業者の発行するいわゆるペーパー商法による被害とは異なり、被控訴人が発行した証券による被害である。

(3) 本件当時は、抵当証券業に対する規制法もなく、業者が野放しになっていた状態であったから、そのような状況のもとでは、抵当証券商法の消費者被害を防止する唯一の歯止めは、抵当証券の発行段階における実質的審査であった。

(4) 登記官による抵当証券の発行は、被控訴人による有価証券の発行であり、通常の登記実務上の処理権限を超える特殊な権限である。

(二) 被控訴人は、左の点で、右消費者被害防止の注意義務に違反している。

(1) 本件被害発生当時、抵当証券による消費者被害防止のための立法による法的規制をしていなかった。

(2) 抵当証券による消費者被害防止のため、担当機関である関係各省との適切な連係等による行政指導や、国民への広報と啓蒙を行って、対策を構ずべきであったのに、これをしないで放置してきた。

(3) 抵当証券による消費者被害防止のための、法務局及び担当者に対する消費者被害についての指導及び研修を行うことを怠っていた。

(4) 抵当証券による消費者被害防止のための、法務局及び担当者に対する抵当証券発行実務及び不動産鑑定評価についての指導及び研修を行うことを怠っていた。

(5) 本件の被害発生後に初めて創設された日本不動産鑑定協会の抵当証券鑑定委員会への求意見制度のような、抵当証券による消費者被害防止のための、抵当証券交付申請についての専門家の判断を求める具体的な制度の実施を怠っていた。

(三) 戦後間もない頃、大阪を中心とする関西地区で、抵当証券による詐欺被害事件が多数発生し、それがもとで、細則二一条ノ二が設けられ、抵当証券交付申請に担保の十分性を証する書面の添付を義務づけるきっかけとなった程であるから、その頃から、抵当証券による不正行為として、申請人が、不動産鑑定士と共謀ないし共同し、抵当物件の価格の吊り上げを図って、本件のような水増し鑑定による不正な抵当証券商法をすることは、十分予測可能なことであった。

そのうえ、本件当時において、被控訴人は、以下の事情により、本件のような不正な抵当証券商法による消費者被害が発生する危険のあることを認識していた。

(1) 昭和五八年九月初旬頃、被控訴人は、豊田商事に対する税務立入調査を行い、それによって、いわゆる金のペーパー商法の実態を熟知するに至った。

(2) 昭和四八年に抵当証券会社が設立されてからは、それまでの、単に金融機関等の関係者と債務者との間でのみ流通するのとは異なり、抵当証券を小口に分割して、不特定多数の者に販売する方法がとられるようになり、その結果、昭和五九年頃からは、大量の購入者を出現させ、消費者問題になりつつあることを、被控訴人は知っていた。

(3) まだ抵当証券業についての直接的な規制法はなく、野放しの状態であり、抵当証券についても、豊田商事と同じペーパー商法が行われつつあり、また、行われる虞があること、及び、抵当証券ブームとそれによる被害発生の危険性を、被控訴人は熟知していた。

(4) 被控訴人は、抵当証券の原券による取引ではなく、本件のようなモーゲージ証書形式による取引の場合には、抵当証券上の権利が購入者に移転しないという解釈をとっていたものであるところ、そうであれば、モーゲージ証書取引は出資法違反の疑いがあり、延いては、わが国の抵当証券業界が成り立ち得なくなることから、業界の壊滅を来すことを恐れて、出資法違反の取り締まりをすることなく、モーゲージ証書取引によっても、抵当証券上の権利が有効に購入者に移転するという解釈のまま放置しておいた。

(5) 被控訴人は、金融の自由化・証券化・国際化の要請が高まる中で、モーゲージ証書取引による抵当証券の販売方式を容認し、その場合でも購入者の抵当証券上の権利が有効に購入者に移転するということを前提として、抵当証券業界が金融経済界に果たす一定の役割を認めて、これを擁護してきた。

(6) 被控訴人は、昭和五九年頃から、抵当証券の発行枚数や債権総額が急に増大してきたことを知っていた。

(7) 本件のような不正な抵当証券取引による消費者被害の発生の危険については、国民生活センターの報告書(証拠略)においても指摘され、また、マスコミの報道においても頻繁に指摘されていた。

(四) 以上のような事情のもとにおいて、被控訴人による前記注意義務に違反した本件抵当証券の発行は、民法七〇九条による不法行為であるばかりでなく、その根底にある憲法二九条一項にも違反するものである。

三  被控訴人の反論

1  登記官の審査権限について

(一) 控訴人らの主張は争う。

(二) 不動産の権利の登記に関しては、不動産登記法四九条の登記官の審査において、同法三五条一項に基づいて提出が義務づけられている「登記原因ヲ証スル書面」に審査が及ぶという意味では、実体的権利関係も審査の対象になっているともいえるが、右審査も、実体的権利関係の原因関係の有効性にまで及ぶものではなく、あくまで、提出された申請書類についてのみ形式的に行われるということで、形式的審査権であるといわれているものである。したがって、その登記官の審査の方法は書面審査であって、申請内容と一致した実体的権利関係の存在につき積極的確信ないしそれに近い程度の心証まで到達することを要求するものではない。

(三) 控訴人らは、抵当証券交付申請についての登記官の審査について、その方法・資料に関しては裁判的審査権であり、その対象・内容に関しては実質的審査権であると主張するが、昭和六年三月三〇日に抵当証券法が制定公布されるに際しては、明治三二年に不動産登記法が制定される際の登記官の審査権についての議論を踏まえて、抵当証券交付申請における登記官の審査権についての議論を経て、不動産登記法四九条と同様の文言の抵当証券法五条一項の規定が設けられたのであるから、このような抵当証券法の設立経緯からすれば、両者の審査権が全く異質の審査権であるとは、到底考えられないことであり、更に、実質的審査権でありながら、抵当証券法にその調査権限についての規定を欠くということは考えられないことである。

(四) 更に、日本不動産鑑定協会の抵当証券鑑定委員会の意見申述制度の創設、或は、本件抵当証券交付申請についての審査にあたり、担当の太田登記官が、野納鑑定士を呼び出して調査していることなど、控訴人らが指摘することも、抵当証券交付申請における登記官の審査権が裁判的審査権或は実質的審査権であるとする控訴人らの主張の根拠となり得るものではなく、むしろ、控訴人らの右主張は、政策的考慮に基づく議論にほかならず、到底首肯できない。

2  本件における登記官の過失について

(一) 控訴人らの主張は争う。

(二) 登記官は、提出された抵当証券交付申請書、その添付書面及びこれに関連する既存の登記簿に基づいて書面審査を行い、提出された書面の成立の真正のほか、記載の不備、不整合等の形式的判断や法律的判断事項、事実的判断事項のみを審査の対象とすれば足りるものであり、本件においては、登記官は、抵当証券交付申請に係る審査の基準に基づいて審査したものであるから、その審査について過失はない。

控訴人らは、太田登記官が、三〇一〇番及び三〇〇九番の土地の鑑定評価額が、固定資産評価額に比べて高過ぎるのではないかとの疑問を抱いたのであるから、形式的審査の枠内においても注意義務が加重され、登記官はその鑑定評価書に疑いを抱き、かつ、その疑いが晴れるまで徹底的に調査して、審査すべき義務があると主張して、大阪高等裁判所昭和五七年八月三一日判決を引用する。

しかし、固定資産評価額は、地域の格差を調べるには役立つとしても、時価とは乖離しているから、固定資産評価額を知ったとしても、当該土地に対する鑑定評価額が適正であるかどうかは判断できるものではない。したがって、登記官が、当該土地の固定資産評価額から鑑定評価額について疑問を抱いたとしても、そのことから直ちに、登記官の注意義務が加重されるとはいえない。

更に、本件鑑定書は、不動産の鑑定評価に関する法律施行規則三五条の鑑定評価書の記載事項及び昭和四四年九月二九日建設省住地審発第一五号「不動産鑑定評価の基準の設置に関する答申」による「不動産鑑定評価の基準」に則って記載されたものであって、一見して異常な鑑定とはいえず、野納鑑定士に対する国土庁長官の処分理由は、最有効利用の判定の不適切等、不動産鑑定士の鑑定手法や調査内容に関する問題点についてであって、鑑定結果である価格の異常な高額そのものを問題としているのではないし、また、不動産鑑定士の調査内容に関する問題点については、形式的審査権しかない登記官の調査権限を超えるものである。

したがって、太田登記官が更に本件不動産鑑定評価書の内容の正当性について調査を尽くすべきであったとする控訴人らの主張は失当であり、控訴人ら引用の大阪高裁判決は、本件とは事案を異にするものである。

3  被控訴人の消費者被害防止義務違反の責任について

控訴人らの主張は、いずれも争う。

第三争点に対する判断

一  争点に対する当裁判所の判断も、以下に訂正、付加するほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第三 争点に対する判断」に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  (〈証拠略〉部分)の「二二二」の次に「1ないし4、乙二、三」を加える。

2  同一一枚目裏一一行目の「昭和五二年一月二八日」から同一二枚目表二行目の「により、」までを削除し、同一二枚目表五行目の「こととされた」の次に「(昭和五八年一月二八日民三第六六〇号法務省民事局長通達・同日民三第六六一号同省民事局第三課長依命通知)」を加える。

3  同一二枚目裏一行目の「現況に」を「現況そのままでなく」と改める。

4  同一五枚目裏一行目の「解消」から同二行目のの「企図」までを「事実上防止」と改める。

5  同一五枚目裏一行目四行目から同一六枚目表六行目までを削除する。

6  同一六枚目八行目から同一九枚目裏一行目までを、次のとおり改める。

「前記のように登記官が抵当証券交付申請について行う審査は、不動産上の権利に関する登記の申請についての審査と同じく、いわゆる形式的審査であって、登記官は、提出された申請書類の範囲で申請を却下すべきかどうかを判断すべきである。なお、この不動産上の権利に関する登記の申請についての形式的審査といわれるものは、提出された申請書類に基づいて、登記の原因関係をも審査するものであるから(不動産登記法四九条二号、七号)、審査の内容・対象に関していえば実質的審査であるが、審査の方法・資料に関しては、提出された申請書類のみに基づいて形式的に審査するものであって、控訴人らのいう窓口的審査である。したがって、抵当証券交付申請の場合も、登記官は、提出された申請書類のみに基づいて、申請を却下すべきかどうかを判断すべきであり、本件で問題になる担保の十分性を証する書面に関しても、提出された申請書類の範囲で、細則二一条ノ二所定の書面としての適格性を判断し、その適格性を欠く場合には、抵当証券法五条一項六号の「必要ナル書類ヲ提出セザルトキ」にあたるものとして、申請を却下すべきである。その細則二一条ノ二所定の書面として提出された不動産鑑定評価書について、担保の十分性を証する書面としての適格性を判断するについては、不動産鑑定評価基準に則った記載事項の記載があるかどうかなどの形式的適格性のほか、これに記載された鑑定評価額と被担保債権額とを比較対照し、被担保債権額が鑑定評価額の範囲内であることはもちろん、先順位或は同順位の担保権の存在や、抵当物件の将来の競売の時点までの減価等を考慮したいわゆる掛け目率なども勘案して、担保価値の十分性の有無を審査することも必要であるから、審査の内容・対象に関していえば実質的審査をなすことになるが、その方法・資料に関しては、提出された申請書類のみに基づいて形式的に審査する、控訴人らのいう窓口的審査であることには変わりはないものというべきである。したがって、登記官に、その範囲を超えて、提出された申請書類以外の資料や、他の方法による調査によって、その鑑定評価書の内容の当否について審査すべき権限があるものということはできない。」

7  同二二枚目表八行目から同二六枚目裏三行目までを削除する。

二1  登記官の審査権限について

(一) 控訴人らは、抵当証券交付申請についての登記官の審査権限は、審査の方法・資料に関しては「裁判的審査」であり、審査の対象・内容に関しては「実質的審査」であると主張するが、既述のように、不動産上の権利に関する登記の申請についての審査と同じく形式的審査であって、登記官は、提出された申請書類の範囲で申請を却下すべきかどうかを判断するものであり、審査の内容・対象に関していえば実質的審査であるが、審査の方法・資料に関しては、提出された申請書類のみに基づいて形式的に審査する、控訴人らのいう窓口的審査であると解すべきである。

(二) 控訴人らは、抵当証券が、転々流通することが予定されている有価証券で、抵当証券制度の公正、抵当証券取引の安全性を確保する必要があること、抵当証券に制限的ではあるが公信力があり、これを発行するのが被控訴人(登記所)であることからすれば、抵当権の目的物が債権を担保するに十分であるか否かという抵当証券の信用性の判断は、被控訴人(登記官)がなすべきものであると主張する。

しかし、抵当証券は、被控訴人が発行する有価証券であるとはいえ、証券用紙中に「この債権は政府が弁済の責任を負うものではない」という文字を記載することになっていること(抵当証券法施行細則四四条八項)からも明らかなように、そもそも、被控訴人が、これに表章された債権或は抵当権について、何ら実体上の権利義務を有するものでないことはもとより、これにつき、債権回収の確実性や担保価値その他の信用性の保障をすべきものではない。ただ、これに表章される抵当権が登記されたものであり、抵当証券の発行によって、抵当権及び債権の処分は抵当証券をもってのみすることができ、登記官は、登記済証等に抵当証券を交付した旨を記載し、抵当権設定登記に抵当証券の交付を附記登記するなど(抵当証券法一三条、一四条、不動産登記法一二九条)、抵当権付き債権を証券化する方法が不動産登記手続と密接に関連するところから、不動産登記を管掌する被控訴人(登記所)がその発行業務を行うこととされているに過ぎず、抵当証券の信用性、すなわち、その抵当権の目的物が被担保債権を弁済するに十分であるかどうかなど、債権回収の確実性は、本来、抵当証券取引の当事者の責任において確保すべきものであり、被控訴人においてこれを保障すべき責任があるものではない。

その意味では、被控訴人(登記所)による抵当証券の発行は、通常の不動産登記とは形態が異なるとはいえ、むしろ登記事務の一環ともいうべきものであって、不動産登記申請の却下事由に関する不動産登記法四九条と、抵当証券交付申請の却下事由に関する抵当証券法五条一項が、まったく同一の規定の仕方をしているのも、そのことを裏付けるものであり、両者を異なる性質のものと解すべきではない。

したがって、抵当証券の発行業務と通常の不動産登記業務とが全く異質であり、被控訴人に抵当証券の信用性の保障の責任があることを理由に、抵当証券交付申請についての審査が、資料・方法の点では控訴人らのいう裁判的審査でなければならないとする控訴人らの主張は理由がなく、不動産上の権利に関する登記の申請についての審査と同じく、控訴人らのいう窓口的審査であるというべきである。

細則二一条ノ二による担保の十分性を証する書面の添付も、不正な抵当証券取引を防止するため事実上の方策の一つに過ぎず、被控訴人において、抵当物件の担保価値を実質的に評価・審査して、抵当証券の信用性を保障するためのものではないから、これについても、登記官は、右形式的審査権の範囲で、すなわち、資料・方法の点では控訴人らのいう窓口的審査の範囲で、細則二一条ノ二所定の担保の十分性を証する書面としての適格性を審査し、その適格性を欠くものであれば、抵当証券法五条一項六号の「必要ナル書類ヲ提出セザルトキ」にあたるものとして、申請を却下することができるに過ぎない。

(三) 控訴人らは、仮に、抵当証券の信用の基礎の判断の責任が、被控訴人ではなく、抵当権者にあるとしても、登記官が鑑定評価書の審査をするにあたっては、抵当証券制度の公正、抵当証券取引の安全という観点から、内容の相当性、すなわち、抵当権が債権の全部の弁済を担保するに足るかどうかを実質的に審査することが必要であり、そのためには、登記官は、鑑定評価書を読みこなし、目的物を適性に評価できる能力を持つて、近傍類似の土地価格、公示価格、路線価、固定資産評価額等、不動産鑑定評価に使われた資料や、評価の過程及び手法を検証し、調査をしなければならないから、右審査は、資料・方法に関しては裁判的審査であると主張する。

しかし、抵当証券交付申請についての登記官の審査が形式的審査(資料・方法に関しては控訴人らのいう窓口的審査)である以上、鑑定評価書についても、あくまで申請書類のみに基づいて、控訴人らのいう窓口的審査の範囲で、担保の十分性を証する書面としての適格性を審査すべきであり、また、それをもって足りるものというべきである。

既述のように、細則二一条ノ二による担保の十分性を証する書面の添付は、昭和二六年から昭和二八年にかけて、目的不動産を過大に評価し、過大な債権額の抵当証券を発行して多くの被害者を出す事件が多発したことから、そのような不正な抵当証券取引を防止するためのものであるが、右細則及び抵当証券法五条一項六号の規定が、鑑定評価書の担保の十分性を証する書面としての適格性について、控訴人らのいう裁判的審査権を認めているものとはいえず、また、そうでなければ、抵当証券に表章された債権の確実性を担保することによって、抵当証券流通の安全性を確保しようとするこれらの規定の目的が達成されえないとは考えられない。細則二一条ノ二の規定は、担保の十分性を証する書面について特に限定はしていないが、登記所の実務においては、実際上、原則として、不動産鑑定士作成の鑑定評価書をもって右書面にあてる取扱いがなされているものであるところ、法定の資格を有する不動産評価の専門家である不動産鑑定士が、その専門的知識と公的な基準である不動産鑑定評価基準に基づき評価した鑑定評価書は、不動産の評価書面としては、現行制度上、客観性と合理性を有し、最も信頼できるものであるから、これを添付する取扱いによって、不動産鑑定士自ら過誤や不正を犯さない限り、通常は、抵当物件の過大評価による不正な抵当証券取引を防止し、抵当証券の信用性を確保する効用を十分に果たすことができるのみならず、そもそも、登記官は、登記事務に関連する範囲で、不動産についての知識や資料を有するにしても、不動産の取引或はその評価についての専門的知識を有するものではなく、また、そのような職務上の能力をもつことを期待されるべきものではないから、不動産鑑定士作成の鑑定評価書を、更に、登記官が、控訴人らが主張するような程度まで審査すべきであるとすることは、実情に合わず、適当でもないというべきである。

したがって、細則二一条ノ二の担保の十分性を証する書面として添付された鑑定評価書について、登記官は、その成立の真正、目的物件の同一性、鑑定評価の条件の相当性、不動産鑑定評価基準に則った記載事項のあること等の形式的な適格性と、債権額が評価額の範囲内であること、先順位及び同順位の担保権の存在や将来の減価等を考慮した安全率(いわゆる掛け目)等による担保価値の十分性を、申請書類の範囲で審査して、その担保の十分性を証する書面としての適格性を判断すれば足りるものであり、登記官は、鑑定評価書の評価内容についても、申請書類以外の資料を用いて、実質的、裁判的審査をなすべきであるとする控訴人らの主張は採用し難い。

(四) また、控訴人らは、仮に、抵当証券交付申請の審査が、その方法・資料に関して窓口的審査であるとしても、その対象・内容に関しては実質的審査であり、流通が予定された抵当証券の場合は、権利の登記の場合と比べて、抵当証券制度の公正、抵当証券取引の安全の要請から、その実質的審査の中身は、権利の登記の場合に比べて濃くなければならず、鑑定評価書の内容に少しでも疑問を感じたならば、申請者に詳しい説明を求めるなどして、実質的審査を遂げるべきであり、最小限、後述の抵当証券鑑定委員会の意見申述制度程度の審査をする必要があると主張する。

抵当証券交付申請についての登記官の審査が、その対象・内容に関して実質的審査であることは既述のとおりであるが、その方法・資料に関しては控訴人らのいう窓口的審査である以上、あくまで提出された申請書類の範囲で審査を遂げるべきであり、また、それをもって足りるとすべきであって、抵当証券制度の公正、抵当証券取引の安全の要請から、その範囲を超えて、控訴人らの主張する程度までの審査をなすべきものとすることはできない。

控訴人らは、日本不動産鑑定協会の抵当証券鑑定委員会の意見申述制度では、右鑑定委員会は、書面審査のみに限られず、抵当不動産の鑑定評価を行った者から事情を聴取し、或は、資料の提出を求めるなど、審査の方法・資料、及び、内容・対象の、いずれの点でも、実質的審査を行っているものであり、右意見申述制度の審査は、登記官の委託によるものであるところ、登記官が、自らの権限以上のものを外部団体に委託することができる筈はないから、右意見申述制度の審査が実質的審査である以上、これを委託する登記官にも、当然同じような実質的審査権があるとも主張するが、右意見申述制度の審査方法と抵当証券交付申請についての登記官の審査とは全く別個の問題であり、右意見申述制度の審査方法がそうであるからといって、抵当証券交付申請の審査がこれと同一でなければならないという理由はなく、控訴人らの右主張は独自の見解であって、採用できない。

(五) 控訴人らは、本件抵当証券交付申請についての審査に際し、太田登記官が、野納鑑定士を呼び出して、調査していること、法務局備え付けの固定資産評価通知書を資料として閲覧していることから、登記官の審査権が、単なる形式的審査ではなく、実際に実質的審査(裁判的審査)であることが裏付けられる旨主張する。

〈証拠略〉によれば、太田登記官は、本件抵当証券交付申請の審査の過程で、当初は、本件抵当物件の土地のみについての申請であったが、登記簿を調査したところ、当該土地上に建物が存在していたので、昭和六一年二月頃、申請代理人の司法書士を通じて、野納鑑定士を岡山法務局に呼び、その点を指摘したため、一旦その申請が取り下げられ、地上建物についても抵当権を追加設定したうえで、再度申請がなされたこと、また、同登記官は、その際、野納鑑定士に対し、鑑定評価書に記載された公示地・岡山55(鑑定評価書では56)について、表側の道路沿いの土地であるかとの質問をし、野納鑑定士が、その土地は、表側の道路より中に入ったところで、狭い道路に面した分の公示地であると説明したこと、法務局には、各市町村から送付を受けた各不動産の固定資産評価額を記載した固定資産評価通知書が備え置かれていて、太田登記官は、本件抵当証券交付申請の審査に際し、本件抵当物件の固定資産評価額を知るために、右固定資産評価通知書を閲覧していることが認められる。

右のように、登記官が、鑑定評価書の作成者である不動産鑑定士から直接事実関係について聴取したり、固定資産評価通知書を閲覧したりすることは、厳密にいえば、提出された申請書類以外の資料・方法を使用したといえなくもないが、野納鑑定士から右の程度の事情を聴取したことは、単に釈明ないし参考程度のことに過ぎず、また、法務局備え付けの固定資産評価通知書に記載されていることは、登記官が職務上当然有する知識或は公知の事実ともいうべきものであり、その程度のことをもって、形式的審査権の範囲を超え、裁判的審査ないし実質的審査をしたものというには当たらない。

2  本件における登記官の過失について

(一) 控訴人らは、本件抵当証券交付申請についての審査において、太田登記官が、三〇一〇番及び三〇〇九番の土地の鑑定評価書の鑑定評価額が、固定資産評価額に比較して、高過ぎるのではないかとの疑問を抱いたのであるから、そのような場合には、登記官の注意義務は当然加重されるにもかかわらず、太田登記官は、上司である石岡登記官の指示により、特段の調査をせず、石岡登記官も、鑑定評価書の鑑定評価額を見ただけで、それ以上その鑑定評価書の内容を見ないまま、これを看過したことは、形式的審査権の範囲であっても、その審査を怠っていることは明らかであり、違法な審査であると主張する。

(二) 〈証拠略〉によれば、太田登記官は、三〇〇九番及び三〇一〇番の土地の鑑定評価書(〈証拠略〉)の審査にあたり、固定資産評価通知書を参照したところ、右各土地の鑑定評価額の一平方メートル当たり六万八〇二五円が、固定資産評価額の一平方メートル当たり四〇三六円に比較して、高過ぎるのではないかとの疑問を抱いたので、上司である石岡首席登記官に対して、そのことを話したところ、同登記官は、公的資格を有する専門家である不動産鑑定士が不動産鑑定基準に則って評価したものであるから、これを信用すべきであるとの意見を述べ、太田登記官も、その意見に従い、それ以上、特別の調査をすることはしなかったことが認められる。

しかし、〈証拠略〉によれば、本件各抵当証券交付申請書に細則二一条ノ二の書面として添付されていた各鑑定評価書は、正規の資格を有する不動産鑑定士である野納鑑定士の作成にかかるものであり、前記通達所定の印鑑証明書等も添付され、不動産鑑定基準に則った評価方法によることが記載自体から看取されるなど、細則二一条ノ二所定の書面としての適格性を有するものであることが認められるので、既述のように、右各鑑定評価書が、後になって、目的物件について過大な評価をしているなどの過誤があったことが判明したとはいえ、太田登記官が、前記のような疑問を抱いたにしても、形式的審査(資料・方法に関しての控訴人らのいう窓口的審査)としては、これを細則二一条ノ二の担保の十分性を証する書面と認めたことに、違法ないし過失はないというべきである。

(三) その他、本件各鑑定評価書について、これを細則二一条ノ二所定の担保の十分性を証する書面としての適格性を有するものと認め、本件各抵当証券を発行した太田登記官及び石岡登記官の措置に違法ないし過失のないことは、原判決二六枚目裏四行目から三六枚目裏一〇行目までに記載のとおりである。

3  消費者被害防止義務違反の責任について

(一) 控訴人らは、本件抵当証券交付申請当時、本件のように抵当物件の価格を不当に高額に評価した抵当証券が発行され、その結果、多数の購入者に被害が生ずる危険性が認識されたのであるから、被控訴人に消費者被害防止についての注意義務があるところ、被控訴人は、右消費者行政上の注意義務に違反して、必要な措置をとらず、本件抵当証券を発行したものであるから、民法七〇九条、憲法二九条一項による責任があると主張する。

しかし、本件各抵当証券が、抵当証券法その他関係法令に従い、適法に発行されたものであることは、これまでに述べたところから明らかであり、何ら違法な点はないから、本件各抵当証券の発行について、被控訴人に民法七〇九条等による損害賠償責任が生ずる余地はない。

(二) 控訴人らは、被控訴人の消費者被害防止上の注意義務違反の点を縷々主張するが、それらは、要するに、被控訴人において、本件のような不正な抵当証券取引による消費者被害を防止するための立法や行政指導等の消費者行政上の措置をとらなかったことを非難するものであるところ、控訴人らが指摘するような事情があったとしても、それによって、本件各抵当証券の発行が違法になるとはいえないから、控訴人らの右主張は理由がない。

第四結語

以上のとおり、控訴人らの本件各請求を棄却した原判決は相当であって、控訴人らの本件控訴はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 志水義文 高橋史朗 三浦宏一)

控訴人目録及び請求債権目録〈略〉

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